生きるとは・・・について考える

生きるとはどういうことなのでしょうか。

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5月 10th
Posted by 生きるとは☆ and filed under いじめ

いじめ相談に寄せられるいじめの体験は胸をかきむしられるようです。
見ているだけで、聞いているだけでなんともいえないやり切れない気持ちになります。
いじめられている人たちは一様に「理由はなんだったのかわからない」と言っています。
家が貧乏だったから、とか着てる服が人と違ったからとか。
自分で一生懸命理由を探しますが、なぜここまでいじめられなければならないのか理由が分からないと。
いじめる側の言い分はもしかしたらあるのかもしれません。
いじめる側にいなければいじめられてしまうから。
みんながやっているから。
面白いから。
いじめられる側には関係のないことばかりです。
また、いじめられた子供たちは、いじめられていることを両親に知られるのを申し訳ないとまで感じたりするのです。
耐えられないです。
こうしたいじめ問題はいじめる側を罰してもなんの解決にもなりません。
いじめる側は罰されたことに反発を感じて、いじめを繰り返すだけです。
こうした連鎖は「生きる」意味を知らないからではないでしょうか。
「生」に対するリスペクトが無いから、いじめが悪いんだということがわからないからではないでしょうか。
子供に限らず、生きる意味を知らない人が増えています。
かくいう私もその一人かもしれません。生きる意味を知らずに生きているのは、帆の無い船に乗って陸の見えない大海原を漂うかのごとくです。
一生懸命漕いで進んでみても、前に進んでいるのか後退しているのか・・・。
生きる意味、人生の目的、生まれてきた意味を知りたいとは思いませんか。

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4月 22nd
Posted by 生きるとは☆ and filed under いじめ

現代人の心の病を代表するのが「いじめ問題」です。
いじめは古くて新しい問題ですが、子供たちの学校だけの問題ではなく大人の世界にも「職場のいじめ」が存在します。
文部科学省の定義では「子どもが一定の人間関係のある者から、心理的・物理的攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの」としており、「いじめか否かの判断は、いじめられた子どもの立場に立って行う」としています。
このことには深い示唆があります。
「いじめ」は精神的苦痛なのです。殴られたり、モノを取られたり、壊されたりということは実質的な被害ではありますが、それを直したからといって精神的苦痛はなくなりません。
特に「無視される」といったいじめは、深く心を傷つけます。
いじめは生涯にわたる心の傷になり、最悪の場合には自ら命を絶ってしまうという事態さえ招いてしまうものなのです。
こうしたいじめは絶対に許されるものではありません。
いじめられる側にはなんの落ち度もありません。子供は無邪気なだけに、残酷です。
いじめる側には悪意がない場合も多く、軽い気持ちでいじめをしてしまう子供が後をたちません。
いじめられたくないから誰かをいじめる。
こんな理由でいじめが行われたりするのです。
生きるとは?死ぬとは?という疑問を持ったまま死を選んでしまう子供たちを思うと胸が裂かれる思いです。
いじめは現代社会が抱える病魔です。放っておくことは出来ないのではないでしょうか。

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