1月 16th
1月12日にハイチでマグニチュード7の大地震があり、すでに5万人の遺体を収容、
死者は20万人になるそうです。ハイチは、ひじょうに貧しい国で、これまでにもいろ
いろな災害があり、国の情勢も不安定です。この地震により、またもや無政府状態
で略奪などが横行しているそうです。
なぜ、苦しくても、生きねばならないのか。この問いは、全人類の問題ではないかと
思います。 幸い、そのような地震に遭わないで平凡な生活を送っている私たちにも、
いつ、どんな天災、人災がおそってくるか知れません。
生きるとは何か、なんて、考えなくたって・・・・という人も、
平凡な生活のまどろみが破られたとき、この問いが突きつけられるのです。
どんな人にも、100%、わかるときが来ます。
みんな死んでいかねばならないからです。
そのときに、この大問題に仰天しても手遅れです。
平生、元気なときに、無常と罪悪をとりつめ、真剣に仏法を聞かせて頂き、この
解決をさせて頂きましょう。
親鸞会の存在目的も、実に、一人一人が親鸞聖人の教えによって、この魂の
大問題を解決する以外にはありません。
親鸞会で仏法を聞かせて頂きましょう。
1月 6th
生きるとは何か、真面目に考えた人は、必ず死を考えるようです。
生と死とは、紙の表と裏のようなもの。切り離せない関係です。
死を無始して、明るい生を築こうとしても、無理な話です。
台所で安心して食事を楽しむには、いつでも安心して使える
トイレがあってこそです。
「死」と聞くと、遠い先のことのように思う人もありますが、
吸った息が吐き出せなければ、吐いた息が吸えなければ死です。
吸う息、吐く息、ふれあっています。
人気ロックバンド・フジファブリックの志村正彦さんが12月
24日、29歳の若さ亡くなりました。
12月10日のブログには、「最近、全然風邪をひきません。
体調もかなり良好。どこも痛くも痒くもない。ここまで健康だ
となんか…年末にこう…風邪が来そうで怖いのです。まあ、
ひいている暇など微塵も無いのですが」
と書かれていたそうです。
「年末に死が来る」と、夢にも思っていなかったと思います。
私も、同じじゃないでしょうか。あと2週間で死ぬ、と思って
いる人がどこにあるでしょう。
みんないつまでも生きている、生きておれる、と思っています。
ある日突然やってくる死。100%やってくる。
人生最大の試練である死の大問題の解決ができてこそ、
本当に明るい楽しい生がひらけるのです。
生きるとは何か。この答えは、死の大問題の解決にあるようです。
12月 19th
Posted by 生きるとは☆ as
生きるとは
今年1月にアフリカ系アメリカ人として初の大統領となった
バラク・オバマ氏。先日、ノーベル平和賞も手にしています。
ところが、誰の目にもわかるのが、彼の白髪が大統領になっ
てから、急に増えたことでしょう。白髪や脱毛の大きな原因
の一つが、ストレス、と言われています。実はオバマ大統領
だけでなく、歴代大統領の多くが、大統領になってから一気
に老けたそうです。楽は下にあり、とは、昔からよく言われ
ることです。大統領になっても、生きるとは、苦しい、たい
へんなことに違いありません。
「田なければ、また憂いて、田あらんことを欲し、宅なけれ
ば、また憂いて、宅あらんことを欲す。田あれば田を憂え、
宅あれば宅を憂う。牛馬・六畜・奴碑・銭財・衣食・什物、
また共にこれを憂う。有無同じく然り」(大無量寿経)
金、財産、名誉、地位、家族、これらが無ければないことを
苦しみ、有ればあることで苦しむ。
有る者は“金の鎖”、無い者は“鉄の鎖”につながれる。
材質が金でも、鉄でも、苦しんでいることには変わりなく、
これを釈迦は、“有無同然”と説かれています。
生きるとは、どっちにころんでも大変ですが、苦しみの根元
を突きとめ、それを断ち切って絶対の幸福になったとき、
生きるとは、なんと素晴らしいことか! との生命の大歓喜
がおきるのです。これが人生の目的です。
12月 2nd
Posted by 生きるとは☆ as
生きるとは
先日、テレビを見ていたら、面白い番組をやっており、生きるとは大変だな、とまたまた
知らされました。
わずらわしい人間関係から逃れるために、終日、自分の部屋にいて、パソコンやゲームを
したり、漫画を読んだりする人を、「ひきこもり」 と言ったりします。
ところが、最近は、「そとこもり」 というのがあるそうなんです。
職場や家庭の人間関係、とくに日本は国土も狭く、本音と建前もあったり、人と違ったこと
をすると目立つ、たたかれる、噂される、など、人づきあいが大変な国と思います。
「そとこもり」 とは、そんな狭苦しい日本を脱出して、「そと」=「海外」 のことで、
「こもる」とは、人付き合いをしないこと。
つまり、日本でのわずらわしい人間関係をバッサリと断ち切って、海外生活を送る、
ということです。 じゃあお金はどうするの? まず、ガマンして日本でこつこつとお金を
貯める。そして、日本よりも、ず~っと物価の安い国へ行く。
なんと、タイだけで、そのような目的で住んでいる日本人が1万人いるそうです!!
海外でも人付き合いしないとならないんでないの?と思いますが、言葉が通じない
ことが幸いして、お互いに深いところまで干渉しあえない?そうです。
気持ちが、少しわかる感じがします。 私もアメリカにいたときは、とても楽な感じがしました。
タイで暮らしている男性は、「一人で、寂しいと感じることも、正直あります」と言ってました。
どこへ行こうと、生きるとは・・・たいへんなことですね。
たいへんな人生、生きていく目的をハッキリ教えられた親鸞聖人の教えを知ってもらい
たいと、思わずにおれませんでした。
11月 13th
私たちは、ただ生きているのではなく、幸せを求めて生きています。
これに異論を唱える人はないでしょう。
勉強するのも、働くのも、趣味や生き甲斐をするのも、果ては自殺する人さえ、
幸せを求めてのことだからです。生きるとは、幸せの探求です。
ところが、幸せになっている人は少なく、苦しみ悩んでいる人ばかりではないでしょうか。
日々、報じられるニュースも、悲しみ、嘆きの声ばかり。
そんなショッキングなニュースでなくても、自分の周りの人、また自分自身は、
どうでしょうか。「幸せだな~」 という人、少ないんじゃないでしょうか。
たまに幸せを感じるのは、欲を満たしたときぐらいで、その幸せは長続き
しません。 結局死ぬまで苦しみ悩み、不安がたえないのが人生ではないでしょうか。
もし苦しむために生まれ、苦しむために生きているのならば、早く死んだほうが
利口、ということになります。
私たちはけっして、苦しむために生まれてきたのではありません、生きているのでも
ありません。幸福を求めて、生きているのです。
絶対に崩れない、変わらない、無碍の一道という幸福のあることを教えておられる
のが親鸞聖人です。 これが人生の目的です。
生きるとは、この本当の幸福に向かうときに真に意味のあるものとなるのです。
そして、絶対の幸福を獲得したときに、人間に生まれてよかった、苦しい人生生きてきて
よかった、という生命の大歓喜がおきるのです。
9月 28th
「生きるとは」について、考察しています。
「生きる」とは、「生きてゆく」ということです。どこかへ向かって、「生きてゆく」。
昨日から今日、今日から明日へ。去年から今年、今年から来年へ。
一箇所にとどまることは、できません。光陰矢のごとしで、どんどん進んでいきます。
一休和尚は、女性の人生を、
「世の中の、娘が嫁と花咲いて、嬶としぼんで、婆と散りゆく」 と歌いました。
娘→嫁→嬶→婆→死(散る) どんな人も、同じコースをたどります。
男性も呼び名が違うだけで、同じです。何億人いても例外なしです。
昨日、NHKスペシャルを見たら、「ONの時代 第2回スーパーヒーロー 終わりなき闘い」
というのをやっていました。王、長嶋、といえば、野球選手として超一流で、成功者の
中の成功者と言えるのではないでしょうか。ところが、番組では、知られざる二人の50年の
苦悩が、生々しく告白されていました。 そして、今なお、老いや病の苦しみと闘い続けて
いる姿が映されており、若かりし頃とのギャップに、人生のなんともいえない寂しさを感じず
にはおれませんでした。
どんな人の人生も、苦しみ、悩み、不安や心配の連続ではないでしょうか。
そして、最後は、必ず死んでいく。
もし、これだけが人生とするなら、「生きる」とは、「苦しみ」であり、死へ向かっての行進に
ほかなりません。 さっさと自殺する人のほうが賢いことになってしまいます。生きれば生きる
ほど、苦しまねばなりません。
私たちは、苦しむために生まれてきたのか、生きているのか。
そんなバカなことはありません。
幸福になるために生きています。
「人間に生まれてきてよかった!」
「この幸せになるための人生だったのか!」
という生命の歓喜をうることこそが、生きる目的なのだよ、と、
親鸞聖人は90年の生涯、教え続けられたのです。
9月 2nd
Posted by 生きるとは☆ as
生きるとは
自民党、公明党の壊滅的な惨敗と、民主党の大勝利に終わった今回の選挙。
台風も日本に近づいていたのに、新型インフルエンザも大流行し始めているのに、
それらがまったく問題にされないほどの、大地震でした。
「サルは木から落ちてもサルだが、議員は選挙に落ちれば、タダのひと」と、昔の
政治家は言いましたが、落選議員を見ていると、かわいそうなくらいに思えてきます。
自民党は300議席から100議席となり、落選議員は早々に荷物をまとめて議員
会館から立ち退かねばならないとのこと。今までは、「先生、先生」と、地元住民や
官僚から言われていたのに、落選するや、手のひらをかえしたようになったそうです。
「国会議員」という地位、名誉を失っても、これほどの苦痛が襲ってきます。
金も財産も、地位も、名誉も、家族や健康も、やがては私を裏切るときが来るのでは
ないでしょうか。 とすれば、生きるとはけっきょく、苦しむこと、ではないでしょうか。
大勝利をおさめた民主党議員にも、これからさまざまな苦難がやってくるのだから。
じゃあ、さっさと自殺するのが賢いのか? そんなハズはありません。
苦しい人生、なんのために生きるのか、人生の目的を知り、それを達成することが
大事ではないでしょうか。
人生の目的を知り、それを達成したときに、「生きるとはなんとすばらしいことなのか!」
と、生命の歓喜が沸き起こるに違いありません。
7月 6th
人生80年と言われます。
日本の平均寿命は大きく80歳を超え、定年退職して老後と言われる年代になっても20年以上生きる世の中になりました。
昔の人に比べて、長く生きるわけですからその分だけ幸せになったのでしょうか。
一日でも長く生きたいと誰もが思っていますが、長く生きられる世の中になってみんな幸せを感じているでしょうか。
現状を振り返ってみると、どうもそうとは言い切れないようです。
若者は将来に対する不安を抱え、大人は子供の未来を憂え、老後を迎えた高齢者は生活苦に悩んでいます。
長く生きたいと願うのに、実際は生きるのが辛いと感じることばかり・・・。
こうした矛盾のウラには、生きる意味について答えを見出せずにいるからではないでしょうか。
幸せについて、生きる意味、人生の目的。
今の世の中は時間に追われて、日々生き延びるのに精一杯と感じている人が多いと聞きます。
「生きる意味なんて考えている時間は無い」と。
本当は逆なのでは無いでしょうか。
生きる意味を知らずに生きているのは意味がない。その先に待っているのは、死だけ。
人は一日生きるたびに死に一日近づいているという事実を見てみぬ振りしているようです。
でも生きるということは、死に近づくということに他なりません。
人生とは死までの道程なのです。
まず生きる意味があって、日々の生活があるということです。生きる意味をないがしろにしたまま生きる先には、死の暗闇が待つばかりです。
親鸞会のホームページには生きる意味のヒントがあります。
生きているという今を輝かしいものに変えるためにも生きる意味について考えてください。
6月 24th
Posted by 生きるとは☆ as
生きる,
目的
自殺サイトというのがあるのをご存知でしょうか。
自殺をしたい人、自殺に興味がある(?)人、漠然とした不安を抱えた人が集まるネットコミュニティです。
最近では、自殺サイトで知り合った人が集団自殺をするなどの社会問題にもなっていて、ニュースや新聞報道などでお聞きになった人も多いと思います。
生きる意味を見出せずに迷える人が集まるコミュニティともいえます。
生きる目的、生きがいを持てないため生きるのに疲れてしまった、生きるのが大変だと感じているのかもしれません。
そもそも自殺がいけないとは思っていないのでしょう。
いや自殺はダメだと思ってはいても、生きるのがそれ以上に難しいと感じているのかも・・・。
浄土真宗親鸞会のホームページでは、生きる意味について考えさせるヒントを提供してくれています。
当然、浄土真宗ですから仏教が根底にありますが、仏教徒ではない人でもすんなりと入れる内容です。
生きる目的、人生の意味について親鸞聖人の教えが紹介されています。
「専修念仏」で知られる親鸞聖人ですが、親鸞聖人の教えには生きる意味のヒント、感謝、喜びのメッセージがたくさんあります。
自殺を選んでしまう人は、生きる意味を見出せずにいるのではないでしょうか。
生きるための苦難が多すぎると。
なぜ苦しんでまで生きなければならないのかと。
「死」は一瞬の苦しみなのでしょうか。
生きる苦しみと死の苦しみとを比べてどちらの苦しみが大きいのでしょうか。
生きる目的を探す道程に答えがあるかもしれません。
6月 2nd
生きる意味を考えるには、死について考える必要があると思います。
「死んだらどうなる?」というのを避けては通れません。
この疑問に答えられる人はそうそういないんじゃないでしょうか。
今生きている人は、ほとんどの人が死んだ経験を持ちませんから、「死」についての未経験者としては一緒です。
けれども、死んだらどうなる、というのを考えたことがある人とそうでない人を分けることは出来そうです。
「生きるとは?」という疑問を持って初めて、死について考え始めるのかも。
逆に「死」について考え始めて、その延長線上に「生きる」意味について考えるのかもしれません。
いずれにせよ、現代社会は生きる意味、死んだらどうなるということに無関心な人が多いように思います。
「そんなの考えたって、分からないから考えても意味無いよ」
「死んだら終わりだから、死について考えてもしょうがない」
こんな風に考えている人が多いのではないでしょうか。
生きる意味を知らずに、死に向かって生きているのに何も感じないのでしょうか。
みんな死ぬ直前になって、生きる意味に気付くのでしょうか。
それとも、死ぬ間際に後悔するのでしょうか・・・。
親鸞会のホームページには「生きる」意味についてのヒントがあると思います。
浄土真宗の開祖と言われる親鸞聖人は「生きる」意味について明確にされています。
弥陀の本願こそ生きる目的なのだと。
納得できるかどうかは分かりません。でもヒントにはあるかもしれません。