生きるとは・・・について考える

生きるとはどういうことなのでしょうか。

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7月 16th
Posted by 生きるとは☆  as 未分類

私たちの行動には、すべて目的がある。

たとえば、歩く、走る、勉強する、車を運転する、飛行機にのる。

すべて目的があっての行動だ。

目的を果たすために、手段がある。

目的がなければ、手段も必要ない。

目的がいい加減であれば、手段もまたいい加減でよい。

目的無しに歩いていたら、歩き倒れあるだけ。

ゴール無しに走りつづけるランナーは、走り倒れあるだけ。

人生の目的を知らずに生きていれば、死ぬだけ。

死を待つだけの人生は、苦しむだけの一生に終わります。

生きる目的がなければ、生きる意味はありません。

仏教だけに、その最も大事な人生の目的が明示されています。

だから、仏教を聞かなければ、生きている意味は全く無いのです。

親鸞会では、その人生の目的を、親鸞聖人から聞かせて頂く

ことができます。親鸞会の使命は、なぜ生きる、を明らかに

された親鸞聖人の教えを伝える、これ一つです。

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5月 8th
Posted by 生きるとは☆  as 幸せとは, 生きる, 生きるとは

なぜ人を殺してはいけないのか?

実はこの問いは、ひじょうに奥が深い。

「そんなの、あたりまえじゃん」 という人がほとんどだろう。

そして、こんなことを尋ねる人を、「おかしな人」 と思う。

では、そんな人に、どうして人を殺してはいけないのか、理由を言ってみて、

と、尋ねてみると、次のような答えが返ってくるでしょう。

「刑務所に入れられるから」

「あんたも殺されたくないでしょ?」

「殺された人の家族が悲しむでしょ」

「殺した者の家族も、たいへんじゃないですか」

浅いモノの見方しかできない人は、たいていこういった類の答えだ。

しかし、これでは、答えになっていないのだ。

たとえば、「刑務所に入れられるから」 はどうだろう。

「どうして刑務所に入れられるのか?」

「そういう法律があるから」

「では、誰がそんな法律作ったのか?」

「国民の代表である国会議員が作りました」

「彼らはどうしてそんな法律作ったのか?」

「人命は地球よりも重いからです」

「なぜ人命は地球よりも重いのか?大切なのか?」

「………」

「なぜ人を殺してはいけないのか?」 とは、

「なぜ人命は地球より重いのか?」 という、問いだったのですね。

これには、何千冊の哲学書を読んでも、答えることができないでしょう。

生きるとは、地球より重い、尊い、崇高な人生の目的を果たすため、

絶対の幸福になるため、と、ハッキリ知らされている親鸞学徒だけ

しか、回答できません。

浄土真宗親鸞会で、絶対の幸福とは何か、聞いてみてください。

親鸞会では、親鸞聖人の本当の教えが説かれています。

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4月 16th
Posted by 生きるとは☆  as 未分類

「一生懸命生きる」=「善いこと」

と、みんな信じている。 しかし、ほんとうだろうか。

「一生懸命歩く」=「善いこと」

とは、必ずしもいえない。

山中で遭難した。一生懸命歩くことが、果たしてよいことだろうか。

方角がハッキリしていなければ、歩けば歩くだけ、迷うだけだ。

体力も消耗する。気持ちもあせる。
先日、今まで行ったことのない場所に、一人で車を運転して行った。

カーナビのおかげで、目的地の住所を入力するだけで、道順を

案内してくれ、夜道も安心して運転、無事、目的地に着くことができた。

カーナビ無しの車だったら、どうだったか、と思う。

目的地もよくわからないまま、車を走らせていたら、時間もお金も

無駄だ。

生きる、生きてゆく、ときも同じだ。

一生懸命生きさえすればよいのではない。

本当の生きる目的を正しく知ることが先決なのだ。

活動休止、所属事務所との泥沼裁判になりそうな東方神起の記事を

新聞で読んだ。1日4時間睡眠で仕事をこなし、心も体もボロボロ、と

書かれてあった。 こんなことになるために、彼らは一所懸命生きて

きたのではないはずだ。

仏教には、私たちが本当の幸せになれる、人生の目的があきらかに

されています。親鸞会で、親鸞聖人の教えを聞きましょう。

親鸞会のことについて知りたい方は、ホームページでご覧ください。

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3月 20th
Posted by 生きるとは☆  as 未分類

岩手県の森岡で、39歳の母親が11歳の長男の首を絞め、

殺そうとした疑いで逮捕された。長男は意識不明の重体。

親が子を殺す、子が親を殺す。

毎日のように聞こえてきます。

どうしてそのようなことができるのか? と思う心もあるが、

人間、追い詰められると、どんなことでもしてしまう存在なの

かもしれません。

『さるべき業縁の催さば、如何なる振舞いもすべし』(歎異抄)

と、親鸞聖人も仰言っています。

縁さえくれば、どんなおろそしいことでも思うし、言うし、する

親鸞だ、という意味です。

そんな我々が生きるとは、どんな意味があるのか。

それが明らかにされているのが、仏教であり、親鸞聖人の

教えです。

本当の親鸞聖人の教えが聞きたい方は、親鸞会へ足を

運んでください。 親鸞会では、正しい親鸞聖人、蓮如上人

の教えが説かれています。

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2月 25th
Posted by 生きるとは☆  as 未分類

四国のとあるラーメン店で、ある男性がおいしいラーメンを食べて、

出ようとしたところ、自動ドアにぶつかりました。 ガラスが割れ、

その破片が足に突き刺さり、1時間のちに出血性ショックで、亡くなりました。

まさか、自分が、今日、死んでいかねばならない、とは、夢にも思って

いなかったでしょう。 しかも、ラーメン屋で。 死を覚悟して死んでいく、

そんな人もあるでしょうが、大半は、死は、ある日突然やってくる、のでは

ないでしょうか。 だから、生きるとは、つねに死の不安がつきまとっています。

死の縁無量です。

この死の大問題を解決して、生きてよし、死んでよしの大安心の世界へ

平生達者なときに出させていただく、これが人生の目的です。

親鸞会では、親鸞聖人の本当の教えが説かれています。

親鸞会で、ともに親鸞聖人の教えを聞きましょう。

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2月 9th
Posted by 生きるとは☆  as 未分類

先日、オリックスのプロ野球選手がキャンプ地である宮古島のホテルから身を投げて自殺しました。
まだ、若干24歳。しかも、一軍で、将来も期待されていた選手でした。結婚して2年とのこと。

一体、何があったのか。誰もその理由が思い当たりません。
しかし、幸せな人が自殺をするはずがありません。
周りからは幸せそうに見える人でも、当の本人は苦しんでいるものです。

「ただ見れば 何の苦もなき 水鳥の 足にひまなき 我が思いかな」

とは、天下の副将軍、水戸光圀の歌だそうです。

お釈迦様は、「有無同然」 と仰言っています。
有っても、無くても、同じく苦しみである。
金、財産、地位、名誉、妻子、才能、・・・・有っても無くても、人生は苦なり。

では、一体、生きるとは、何のためなのでしょう。
苦しむために生きているのか。

そんな馬鹿ははずはありません。
苦しくても生きねばならない理由は何か。もっとも知りたいことを教えられた方が、
世界の光親鸞聖人です。

親鸞会では、本当の親鸞聖人の教えが説かれています。

親鸞会の活動についても、ホームページに出ています。

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1月 16th
Posted by 生きるとは☆  as 死ぬこと, 生きる, 生きるとは

1月12日にハイチでマグニチュード7の大地震があり、すでに5万人の遺体を収容、
死者は20万人になるそうです。ハイチは、ひじょうに貧しい国で、これまでにもいろ
いろな災害があり、国の情勢も不安定です。この地震により、またもや無政府状態
で略奪などが横行しているそうです。

なぜ、苦しくても、生きねばならないのか。この問いは、全人類の問題ではないかと
思います。 幸い、そのような地震に遭わないで平凡な生活を送っている私たちにも、
いつ、どんな天災、人災がおそってくるか知れません。

生きるとは何か、なんて、考えなくたって・・・・という人も、
平凡な生活のまどろみが破られたとき、この問いが突きつけられるのです。

どんな人にも、100%、わかるときが来ます。
みんな死んでいかねばならないからです。
そのときに、この大問題に仰天しても手遅れです。

平生、元気なときに、無常と罪悪をとりつめ、真剣に仏法を聞かせて頂き、この
解決をさせて頂きましょう。
親鸞会の存在目的も、実に、一人一人が親鸞聖人の教えによって、この魂の
大問題を解決する以外にはありません。
親鸞会で仏法を聞かせて頂きましょう。

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1月 6th
Posted by 生きるとは☆  as 死ぬこと, 生きるとは

生きるとは何か、真面目に考えた人は、必ず死を考えるようです。

生と死とは、紙の表と裏のようなもの。切り離せない関係です。

死を無始して、明るい生を築こうとしても、無理な話です。

台所で安心して食事を楽しむには、いつでも安心して使える

トイレがあってこそです。

「死」と聞くと、遠い先のことのように思う人もありますが、
吸った息が吐き出せなければ、吐いた息が吸えなければ死です。
吸う息、吐く息、ふれあっています。

人気ロックバンド・フジファブリックの志村正彦さんが12月
24日、29歳の若さ亡くなりました。
12月10日のブログには、「最近、全然風邪をひきません。
体調もかなり良好。どこも痛くも痒くもない。ここまで健康だ
となんか…年末にこう…風邪が来そうで怖いのです。まあ、
ひいている暇など微塵も無いのですが」

と書かれていたそうです。

「年末に死が来る」と、夢にも思っていなかったと思います。
私も、同じじゃないでしょうか。あと2週間で死ぬ、と思って
いる人がどこにあるでしょう。
みんないつまでも生きている、生きておれる、と思っています。

ある日突然やってくる死。100%やってくる。
人生最大の試練である死の大問題の解決ができてこそ、
本当に明るい楽しい生がひらけるのです。
生きるとは何か。この答えは、死の大問題の解決にあるようです。
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12月 19th
Posted by 生きるとは☆  as 生きるとは
今年1月にアフリカ系アメリカ人として初の大統領となった

バラク・オバマ氏。先日、ノーベル平和賞も手にしています。

ところが、誰の目にもわかるのが、彼の白髪が大統領になっ

てから、急に増えたことでしょう。白髪や脱毛の大きな原因

の一つが、ストレス、と言われています。実はオバマ大統領

だけでなく、歴代大統領の多くが、大統領になってから一気

に老けたそうです。楽は下にあり、とは、昔からよく言われ

ることです。大統領になっても、生きるとは、苦しい、たい

へんなことに違いありません。

「田なければ、また憂いて、田あらんことを欲し、宅なけれ

ば、また憂いて、宅あらんことを欲す。田あれば田を憂え、

宅あれば宅を憂う。牛馬・六畜・奴碑・銭財・衣食・什物、

また共にこれを憂う。有無同じく然り」(大無量寿経)

金、財産、名誉、地位、家族、これらが無ければないことを

苦しみ、有ればあることで苦しむ。

有る者は“金の鎖”、無い者は“鉄の鎖”につながれる。

材質が金でも、鉄でも、苦しんでいることには変わりなく、

これを釈迦は、“有無同然”と説かれています。

生きるとは、どっちにころんでも大変ですが、苦しみの根元

を突きとめ、それを断ち切って絶対の幸福になったとき、

生きるとは、なんと素晴らしいことか! との生命の大歓喜

がおきるのです。これが人生の目的です。
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12月 2nd
Posted by 生きるとは☆  as 生きるとは

先日、テレビを見ていたら、面白い番組をやっており、生きるとは大変だな、とまたまた

知らされました。

わずらわしい人間関係から逃れるために、終日、自分の部屋にいて、パソコンやゲームを

したり、漫画を読んだりする人を、「ひきこもり」 と言ったりします。

ところが、最近は、「そとこもり」 というのがあるそうなんです。

職場や家庭の人間関係、とくに日本は国土も狭く、本音と建前もあったり、人と違ったこと

をすると目立つ、たたかれる、噂される、など、人づきあいが大変な国と思います。

「そとこもり」 とは、そんな狭苦しい日本を脱出して、「そと」=「海外」 のことで、

「こもる」とは、人付き合いをしないこと。

つまり、日本でのわずらわしい人間関係をバッサリと断ち切って、海外生活を送る、

ということです。 じゃあお金はどうするの? まず、ガマンして日本でこつこつとお金を

貯める。そして、日本よりも、ず~っと物価の安い国へ行く。

なんと、タイだけで、そのような目的で住んでいる日本人が1万人いるそうです!!

海外でも人付き合いしないとならないんでないの?と思いますが、言葉が通じない

ことが幸いして、お互いに深いところまで干渉しあえない?そうです。

気持ちが、少しわかる感じがします。 私もアメリカにいたときは、とても楽な感じがしました。

タイで暮らしている男性は、「一人で、寂しいと感じることも、正直あります」と言ってました。

どこへ行こうと、生きるとは・・・たいへんなことですね。

たいへんな人生、生きていく目的をハッキリ教えられた親鸞聖人の教えを知ってもらい

たいと、思わずにおれませんでした。

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